武道 第3回シアトルセミナーレポート2013/10/18 

2013年9月14日(土)・15日(日)の両日、第3回 宇城空手シアトルセミナーがシアトル郊外カークランドの地で開催された。 
3回目の今回は、IT技術者・会社経営者・芸術家・学者など、それぞれの分野で活躍している約30名が参加した。武道歴も経験のない人から50年以上の人まで、実に様々であった。 また、家族連れで参加した人もおり、子供を通じた塾長の指導に終始感動している様子であった。

■入門から究極へ
まずはじめに塾長は、宇城空手の学びの基本である、スポーツ的な頭脳による体の働き(部分体)と身体脳による体の働き(統一体)との明確な違いそして、技の構造(心→気→身体のつながり)を具体例をあげて説明していった。さらに今回は、弟子は師から技をどのように学ぶか(映すか)をミラーニューロンで解説し、入門から究極までの全体像がボードに記された。
参加者は「非常に難しいことを学んでいる」という様子であったが、セミナー終了後の感想とのギャップに、身体で学ぶとはいかなることかを理解することとなった。(文末感想文参照)






■サンチンから生まれる技
塾長の解説後、サンチンの型で稽古がスタートした。リピーターも多く、ほとんどの参加者は順番を覚えていたが、日頃、一人稽古では学ぶことが難しい、参加者のレベルに合わせた細かい部分を塾長は丁寧に指導していった。



全体でサンチンを行なう


数回サンチンを行なった後、塾長は型から生まれる技を指導した。
「型は呼吸と姿勢をつくり、それが気の通った身体の入り口となる。正しいサンチンの型ができると、身体に重さができ、抱きかかえられも持ち上がらず、 また手をつかまれた相手を投げることができる。」
参加者は塾長が指導したとおりに実践すると、身体が重くなりそして、相手を簡単に投げることができた。自分の予想と事実のギャップに非常に驚いた様子であった。



正しい姿勢でサンチンを行なうと身体が重くなる




つかまれた相手を投げることができる










塾長は「これが本来の力であり、呼吸で統一体になると、体が自由になって左右前後あらゆる情報を受取り、同時に処理することができるようになる。」と述べ、今度は参加者同士、膝と腕をそれぞれ同時につかませ、塾長自らサンチンの型を行うと、参加者が何も行なわなくても全員が一瞬にしてゼロ化され、倒されてしまった。「型が映る」を実体験した瞬間であった。


■子供の力と大人の力
今回はバンクーバー支部から親子での参加者がおり、塾長は子供たちを例に、筋力に頼らない力の存在を検証を通じて指導した。始めに大人の参加者を仰向けに寝かせ、別の参加者が起き上がらせないようにする検証が行なわれた。全員が予想したとおり、仰向けに寝た側が簡単起き上がれてしまった。しかし、塾長が子供を呼び寄せ、仰向けになっている参加者と手を合わせさせると、お互いの手がくっつき、いくらがんばってもタイミングがとれず、起き上がることができなくなってしまった。さらに後ろから子供を持ち上げようとすると、身体が信じられないくらい重くなっていた。



子供の重さが変化し、大人を制している


さらに、塾長は大勢の大人を1列に並べ、大人の参加者に先頭の人を押させたが、力が対立して全く動かすことができなかった。続いて、同じことを子供に行わせたが、調和して抑える事ができた子供でも大人と同じく押そうとすとなかなかうまくいかなかった。しかし塾長がしっかりした挨拶を指導し、再度押させると列の最後まで力が伝わり、押すことができた。子供は、あいさつや礼の大切さを言葉ではなく、身体を通して学ぶことができた。



しっかりと頭をさげて挨拶をする




最後まで力が伝わり、大人の列も崩れていく


今度は親子で参加した父親が、大人が列をひっぱろうとしても動かない状態で、子供が父親の手を繋ぐと簡単にひっぱることができた。



子供が父親に触れるだけで、雰囲気が変わる


通常のスポーツ空手では、子供や女性は大人より力もなく弱い存在で、稽古への参加も、大人の男性とは別扱いされることがほんどである。しかし、宇城空手は、大人が失ってしまった、地球と結びついた人間の持っている本質の力を使うので、子供達や子供を守る母親は「「筋力に頼らない力」を存分に発揮できる。稽古でもそれが目に見える形で証明され参加者からは自然と声や拍がでていた。

「本来の武道は、平和の原理を教えてくれるものであり、お互いが馴れ合ったり、対抗してぶつかり合ったりする次元のものではない。」

塾長はこのように述べ、大人4人に手足を力いっぱいつかませるといとも簡単に投げ崩した。



塾長の手足に4人がしっかりつかむ




簡単に投げ崩されてしまった







■稽古後の懇親会
初日の稽古終了後、海外ならではのホームパーティーがワシントン湖が展望できる、シアトル支部長ジョシュ・ドラックマン邸で塾長を囲み行われた。



ドラックマン邸よりワシントン湖を見渡す



セミナー参加者の各々が打ち解け、盛り上ると同時に、貴重な懇親会で、塾長への質問に対する回答を真剣に聞く様子が印象であった。懇親会の途中、TEDカンファレンスのビデオが流された。脳に重大な障害を持って生まれた子供マリオを、両親がミラーニューロンに訴えることによって、少しでも動きを取り戻そうとしたとき、マリオが実際の動きだけを見ているのではなく、両親の心を感じていることに気づいたというスピーチであったが、師から技を学ぶ方法を別の視点から知ることができ、塾長の指導が心によるもので、参加者はその心を映していかなければならない重要性をビデオと通じて認識した。




塾長の話を熱心に聞く参加者


■二日目の稽古
懇親会後ということもあり、非常に良い雰囲気で稽古がスタートした。常日頃、「道場以外の稽古」の重要性を塾長より学んではいるものの言葉ではなく身体で、しかも海外で感じることができたことは貴重な体験であった。二日目はナイファンチン中心の指導が行われた。
最初にサンチン同様全体での型を行った後、分解の解説が行われた。



全体でのファイファンチンを行なう


「サンチンで姿勢と呼吸をつくり、ナイファインチンで目と瞬発力をつくっていく」塾長はそう述べると、黒帯を相手に手刀一挙動の分解を行った。塾長の指導は、常に実践であり、参加者はその動きにいつも注意を払って、緊張感のある稽古を経験した。




塾長に対し攻撃をしようとすると、瞬時にゼロ化され、攻撃が無力化されてしまう。











続いて、型が正しくできているかを、重くなっているか、抑えられても動けるか、などサンチンと同じく様々な方法で検証を行なった。

■守るということ
「すべての対立が解けたとき、本来の力を発揮することができる。武術とはすべてそこにつながっていかなくてはならず、それが武術の本質である。」「自分だけ勝ちたい、相手を倒してやろう、などといった争う気持ちでは、本当の強さは身につかない。」
ナイファチンの鋭い技を指導した後、塾長はこのように述べた。そしてさらに、守る心が強さを生むことを、実践を通して指導した。
塾長が相手を投げると、投げられた人も強くなり、上に乗られても平気になるが、それは投げられた人も気によって守られているからであることを体験した。


■気は心の向かう所に応ずる
「子供は大勢の大人を引けて、大人には引けない。筋力優先の考え方を転換しないと、前には進めないが、 そのためには心を素直することである。昔の日本では、鍛えることは筋力ではなかった。それを表す言葉がある。」

『身体は内なる気に応じて動き、気は心の向かう所に応ずる』

実際に塾長の技は、その心に応じ相手をどのようにでも動かすことができるものである。それに対しては、頭の働きや筋力では対応することができないし、人数が何人いても同じ結果になる。
「本来持っている調和の心をもって共存共栄を促すのが武術の目的であり、武術で身に着けるのは本当の愛である。「愛」の漢字には、心が真ん中にある。

『愛は言葉ではなく、行動である』

「これはマザーテレサの言葉であるが、愛を体現するものがまさに武術であって、ハウツーでは決して学ぶことができない。」
刀を差していた時代では、常に覚悟が必要であった。それは、刀の下に入る覚悟であり、本当の愛を得るための覚悟でもあった。塾長は、居合の演武によって、本来の武術を示し今回のシアトルセミナーを締めくくった。



居合の演武披露する塾長


■さいごに
ニューヨークとシアトルの年2回の海外セミナー参加者にとっての最高の学び。そこに費やされた塾長の思い、心を学ぶことができた。
最初から最高のものを学んでいるが故に、難しすぎるのではないか? と思ったが、頭と心の学びとは別であり、この問いがいかに愚問であったかをセミナー終了後に痛感した。
「本物の愛を得るためには、覚悟が必要で、それは心からくるものである。 心を型に落とし込んでいくことで、型が進化し、その型がまた多くのことを教えてくれるようになる」
塾長が述べたとおり、正しい師の型を映していくことが大切であると同時に、身近にいる塾生が最もその機会に恵まれていることを忘れることなく、今後の稽古に励みたいと思った。



第三回 シアトルセミナー記念写真


東京実践塾 永田 清

シアトルセミナー参加者感想文はこちらへ
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