武道 「野球を通じて平和をつくる」 心から心へ 学び伝えていくということ2014/04/17 
先日、奈良県桜井高校の森島伸晃先生から、1通のメールの転送をいただきました。

 森島先生の教え子のY君が森島先生に送ったメールでした。彼は桜井高校の卒業生で、現在大学生ですが、そのメールでは、今回日本モザンビーク市民友好協会スポーツ交流担当として、モザンビークで野球を指導し、その時の経験をつづってくれていました。

 まさに、宇城塾長の心が森島先生を通じてY君に届けられ、そのY君を通じてその心がモザンビークの子供たちに伝えられているのがわかります。心から心へ、人が人を育てる、学ぶということの意味、そして絆を広めていくということがどういうことであるか、教えてくれるものだと思います。

 先日も塾長コラム「学ぶということ」で示していただいた通り、さざ波の立っていない水面のごとく、まっすぐ、素直な心で、師の教えを映す姿がそこにありました。以下にご紹介いたします。


彼らがモザンビークで初めて本格的に野球をした子どもたちです。
この子たちが今後どのようになっていくかが楽しみです。
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森島先生へ

 モザンビークでの経験は本当に良いものになりました。初めて行った海外ということもあり、はじめは文化や習慣の違いを受け入れることが難しかったです。ガソリンを給油していると車を揺らして来たり、買い物をしようとすると周りに人が集まって来たり、そこらへんの警備員が大きな銃を持っていたり、日本と違うところがたくさんありました。

 ですが、経済発展も進み、日本にもあるようなスーパーやビルも建っています。上だけを見ていれば、どこの国かわからないと思います。ですが、村に行くと都市との差は明らかなものです。多くの人々はIDを持っておらず、村の中だけで過ごすことが多いようです。子どもたちは、村の人が建てたという学校に行きながらも、朝夕は近くの川まで水を汲みに行き、時間があれば牛の世話をしています。

 大概の日本人はこのようなことを聞くと、かわいそうだ、何とかしてあげたいと思う人が多いと思います。ですが私はそうは思いませんでした。学校で勉強や休み時間にサッカーをする彼らの顔は素晴らしいものでした。
 全然かわいそうではありません。だが、おかしいとは思いました。都市に住んでいる子どもたちにはたくさんのチャンスがあります。ですが、村にはチャンスがない。村に行くには道なき道を行くものですから、まず村の外に行き来するというのはおそらく稀なことだと思います。雨期になると川が氾濫してまず行くことができないそうです。ですが、運動能力はすごいの一言です。村の青年は、最初こそグローブを反対の手に付けたものの、少し教えただけであるのに、あたかも野球をしたことがあるかのようなキャッチボールをしてくれました。今では野球のプロジェクトを通じて、彼らにチャンスを与えられればなと思う次第です。

 今回、私が野球を教えたのは、日本でいえば東京の港区のように近くに大使館などがたくさんあるような地域の小学校でした。その小学校で実施するまでに、何校かの小学校にも行きましたが、唖然としました。
 キャッチボールをすると日本の同学年の子では投げられないであろう速いボールを投げます。
なめてかかっていましたが、構えてしまいました。人数が多くてなかなかボール触れない子たちは私にアピールをしてきます。倒立で歩きはじめます。
 そこらへんにいる子がほぼ全員がです。身体能力の高さには本当に驚かされました。

 そして、滞在中にずっと教えることになった小学校も驚くべき環境でした。野球をしようにもグランドの真ん中に木が何本か立っています。ショートとセカンドのところに木がある感じです。そして、土もふかふかなので、ベースランニングを一周するだけで息が上がります。ゴロのリバウンドは当たり前です。
 さらに、休憩時間になると、たくさんの子どもたちがお菓子を食べるとゴミをそのままグランドに捨てていきます。休憩が終わるとゴミだらけです。そんなグランドで野球をしていました。

 ですが、ゼロを1にする。

 自分の教えたことがモザンビークの野球になると考えると楽しくて仕方がありませんでした。プレーははっきりと言って下手くそです。ボール回しが一周できれば万歳です。子どもたちもボールがつながれば、踊り始めます。試合もすごい楽しそうにします。彼らの行動は実に素直です。練習の最初と最後はグランドに礼をしていたのですが、最初はわけが分からなかったものの、最後になると自分たちでするようになりました。そして、通りかかった先生にも挨拶をするようになるなどと、成長を見せてくれました。

 今回、野球を教えには行きましたが、基本的なことしか教えていません。大体が相手の胸に投げろ、両手でボール捕れ。そんなくらいです。そうした方がボールがつながるからではありません。相手の取りやすいところに思いやりをもって投げろ、そして、相手の思いをしっかり受け止めなさい。という意味を込めてです。プロ野球選手を発掘するためではなく、平和構築、教育、青少年育成に重きを置いて野球を指導していました。その道の途中でプロ野球選手が出てこればいいなと。あくまでも、野球を通じた、人づくりこそがミッションです。

 75年から92年まで内戦が続いた国で、再びそのようなことが起こらないように、楽しい野球を通して、相手を倒すのではない、相手とともに強くなっていくということに気づいてほしいと思っています。彼らは気づいたかもしれません。誰かが試合中にバットを反対に持つと、教えるために誰かが飛んできます。誰かがヒットを打つとランナーがいないのに、なぜか2人が走っています。ベースランニングを教えるために一緒に走っているのです。私は野球には力があると思っています。野球を通じて平和構築をしようと思っています。

 モザンビークで私の教えていたつもりの、相手を思いやり、仲間ととも成長し、子どもたちが変化していくような野球が根付いて行けばなと思う次第です。上記に書いたことはできると思っています。なぜなら、モザンビークの子どもたちは、野球というスポーツを知らないから、私が教えた野球がすべてだからです。モザンビークでは「ベイズボール」と言われますが、中身は「野球」でもなく「Baseball」でもなく「野球道」です。野球のレベルをあげてWBCに出場するのが目標ではありません。野球を通じてモザンビークの平和な未来をつくることが私の掲げる目標です。今後もモザンビークの子どもたちに野球・スポーツの楽しさを伝えながら、平和な社会を構築できるように寄与したいと考えています。

 今後も日本モザンビーク市民友好協会スポーツ交流担当(滞在中に代表から任命いただきました)として、モザンビークとの野球交流にかかわることになりました。この夏教えていた少年2名と少女3名(モザンビーク野球は男も女も関係がありません)男尊女卑の考え方が残る中で、男性と女性が同じ舞台で輝いてほしい、そんな社会になってほしい思いもありますが、どこの国でも女性の方が強いみたいです)が愛媛で開催される、王貞治氏などが立ち上げた世界少年野球大会に参加するためにやってきます。その後彼らが経験し学んだことをモザンビークの仲間たちに教え、高めあっていくことになります。その大切な時期をサポートをするためにも、この夏もお金をためてモザンビークに再び行くことになりそうです。日本でも、中学校の授業や大学の講義を任されることになりました。子どもたちに教えるときに真似してと言っても、人間的に恥ずかしくない様な人間になろうと思います。

 モザンビークに行って、森島先生の言っておられた、「相手を包み込んで、バットを振れ」という意味が分かりました。
 周りのこと、すべてがうまくいきました。なんや、このタイミングの良さはということが立て続けに。「そういうことなんかな」と私一人だけ、うなづいていました。そして、今回の件がうまくいったのも、グローブを提供いただいた部員様のおかげです。
 どうぞ、よろしくお伝えください。いただいたグローブの中に、一つだけメッセージが入っていました。YBというメーカーのグローブだったと思います。嬉しかったです。また、桜井高校にお邪魔します。

 長文失礼いたしました。ありがとうございます。

 奈良県立桜井高校の活躍については、以下で触れています。

>>2014.1 「一人革命」が形となった学校実践講習会 & 京都講演会

>>2013.7  快挙 奈良桜井高校野球部が甲子園へ
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